岐阜新聞の素描欄にて2018年9月~10月の毎週土曜日、全9回で掲載された庭文庫店主百瀬実希の文章を紹介します。

平日は市役所で移住相談や空き家バンクの相談を受け、土日は出張古本屋として働く日々が始まった。月に一回、軽自動車に本を詰め込み、一時間半以上かけて設営をし、残った本はまた車に積んで持って帰る。本というのはとてつもなく重たい物体で、イベントの次の日はいつも筋肉痛になった。2人がかりでイベントに臨んで、手元に残るお金は1万円ちょっと。どう考えてもわりに合ってはいなかったけれど、彼と二人で何かをするのは愉快だった。

出張古本屋をしていく中でたくさんの人と出会うことができた。あたたかい視線を投げてくれる人がいる一方で、本に興味がない人もたくさんいた。それで良かった。全て人が「いいね」ということをやることはできない。ほんの一握りの人にとって、心を打つ仕事をしたいと思った。

恵那に引っ越して来てから「何もないところによく来たね」とよく声をかけられた。美しい山々と光る川と多くの人の手によって守られている田園風景を、何もないと思うことはできなかった。もしお店を持つのなら、本や人だけでなく、恵那の美しい自然と静かに会える、そんな場所にしよう、と思っていた。

収益だけを考えるのならお店を開かず、ネットだけで本を売る方がずっと儲かるだろうことはわかっていた。それでもこの場所に一息つけるお店を作りたかった。それは私たちを含めて、田舎に住む誰かを生きやすくするだろう、という根拠のない確信を持っていた。

そんな風に出張古本屋をして半年後、一年前に出会った古民家を借りる方向で話が進んでいくこととなった。

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【素描第五回】無職の側には美しい山と稲穂があった
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