本は、新しい世界への扉だと思っています。

きっと世の中には、本なんてなくても楽しく、健康的に、生き生きと暮らしていける人たちもいるのだと思います。

でも、すくなくとも、私はそうではありませんでした。

少女時代~東京で働いていたころにかけて、出会った本がなかったとしたら、きっと今こうして楽しく暮らしていないだろう、と思うくらいに、本は心の指針であり、錨であり、灯でもありました。

捨てられてしまう本を次の人の手に託す、そんな古本屋がこの田舎にあれば、とてもとても楽しいんじゃないか、と夢想したところから「庭文庫」ははじまっています。

「ニワ」はかつて、芸能や文化の生まれる場だったと言われています。

誰かから託され、誰かの手に渡っていく本を種に、この地域の文化が、もしくはあなたの中にあるやりたいことが芽吹いていくことを、心から願っています。

心の種を芽吹かせる、そんな土壌としての庭へ。

言葉の森へ開く入り口としての庭へ。

そんな庭文庫、ゆっくり楽しく営業しています。

2018/5/3 庭文庫店主


(出張古本屋時代のAbout)

沖縄で生まれて、大阪の大学に出て、東京で就職して、なぜだか去年2016年の3月末から岐阜県恵那市と中津川市の境目の家で暮らしている。

(恵那市はここ)

こちらはとてもよいところで、目の前の山はいつもきれいだし、お米もお水も美味しくて、東京にいるころより5kg太ったりしながら、半年の無職&転職活動の末、10月から恵那市で働いている。

地元の人が「なんにもないよ」と言うわりに、大きなレンタルショップも、スーパーも、コンビニも図書館も病院もあって車さえあれば暮らすのには不自由しない。服だって本だってほしいのはネットで買えるし、と思っていた。

でも、古本屋さんがないのが、どうしてもさみしかった。(book off的なところはあるけれど、漫画がほとんど)。周りの人に聞いてみると、昔は営んでいた人がいたようだけれど、年齢なのか、経済的な問題なのか、店は畳んでしまって、今はもうない。

古い本との出会いは、あたらしい本との出会い以上のときめきがある。あたらしい本はどこにいたって買える。それこそ、宅配便さえ届けば、ハワイでも、アメリカでも、ブラジルでも。もちろんアマゾンでも古本は取り扱っているし、「日本の古本屋」で欲しい本を検索すれば、全国の古本屋さんの在庫が検索できる。でも、そういうことではない、そういうことではないのです。

東京で働いていたころ、三鷹にある水中書店さんが好きだった。知ってる本、著者名だけ知ってる本、全然知らないけれど、タイトルが好きな本、手触りがさらさらしてる本、どきりとする装丁の本。道行く中、ひとりただ、知らない本を探す時間が好きだった。

ベストセラーでない本が欲しい、というと、まるで知識人気取りのようでかゆい気持ちになるけれど、「私のために書かれた本だ」と感じることと、出版部数や出版日は全然関係なかったりする。ベストセラーは、恵那駅の近くの三洋堂でもコスモブックセンターでも買えるから(どちらの書店も好きです)そうではない本との出会いを、さがして、でも名古屋まで出るのは鬱陶しくて、それなら自分で、とおもったことと、えなここの園原さんや良雪さんに背中を押された勢いで、とりあえず細々とはじめてみようとおもっています。

庭のように私的でありながら、開かれた古書店を目指して、いつか、恵那の高校生や若者やおじさんおばさん、おじいちゃんおばあちゃんが本との出会いに胸をときめかせる日が来るのを夢見て、ちいさいながらも輝きのある古書店をいっしょに育てていきたい。

2017/1/3 店主