岐阜新聞の素描欄にて2018年9月~10月の毎週土曜日、全9回で掲載された庭文庫店主百瀬実希の文章を紹介します。

 

「古本屋をしています」と言うと「好きなことを仕事にできるっていいわね」と言われることがある。確かに本が好きだし、古本屋を含む書店が好きだ。だからと言って、別の古本屋の仕事が好きなわけではない。彼と二人で何かをやるにあたって、これしか思い浮かばなかった、というだけだった。

私が移住した当時、今は夫になった彼は鬱病によって心身を壊していた。東京時代、月160時間を超える残業と怒号の嵐の中で彼が失ったものは大きかった。起き上がれない、ほとんど笑えない、当然働けない。今も彼の病気は寛解には遠い。私が男だったら、彼に家にいてもらう選択肢もあったかもしれない。でも子どもが三人欲しいから、子どもを持ちながらも、二人でできる仕事を考える必要があった。

将来は古本屋をできる仕事を探していて、ちょうど求人が出ていたのが恵那市地域おこし協力隊だった。空き家バンク登録事務や移住相談を受ける仕事で、任期は三年だった。ぴったりだと思った。その仕事を紹介してくれたのは当時NPO法人えなここに勤めていた園原麻友実さんだった。

移住して半年、仕事に就くことができた。ちょうど同じころ、園原さんの紹介で今の古本屋の店舗である物件とも出会った。古い家の静かな佇まい、祠のある大きな木。この家しかない!と思ったけれど、すぐには借りることができなかった。どこの誰かもわからない若者二人にふたつ返事で家を貸す人は少ないだろう。実績のない私達はまずはイベントのときに本を売る出張古本屋という活動を始めることにした。

◎他の記事はこちら
【素描第一回】本は新しい世界への扉
【素描第二回】幼き日の羅針盤『精霊の守り人』
【素描第三回】たったひとつの『声』
【素描第四回】岐阜に移住したときのこと
【素描第五回】無職の側には美しい山と稲穂があった
【素描第六回】好きなことを仕事にしたいわけではなかった
【素描第七回】出張古本屋として活動していた頃のこと
【素描第八回】生きにくかったあの頃の私へ
【素描第九回】理想郷なんてどこにもないから